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知らナイト☆番外編、若狭勉強会ひと区切り
7/29(日)に、明通寺と若狭の原発を訪ねて、3月よりの勉強会のひと区切りと
なりました。
当日は、9名で行って参りました。
現地では、哲演さんが1日お付き合い下さり、地元の方々との
交流会や行程のお世話もして下さり、本当に濃密なありがたい1日でした。
これを機会に、今後とも、心にこの問題をとめながら、つながりあえればと想います。
皆様、本当にありがとうございました。
※この勉強会のことが、月刊誌「人間家族」の9月号で特集されました。
 ご希望の方には実費でお送りしますので、お申し込みください。(@500+送料)
お問い合わせ・・・hiron.1118.moon_maro@k.vodafone.ne.jp

当日参加した皆さんのレポートを下記に載せさせていただいています。
現地に行って、目で見、カラダ全部で感じたものが伝わってきます。
少し長いですが、ぼちぼちと是非読んで頂きたいと想います。

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今回、勉強会とツアーに参加させていただいて、いちばん強く心に残ったのは、
地元の方々が抱くそれぞれの強い思いです。
貧困の地域の人たちがどんな思いで原発建設に賛成したのか。
自分の故郷を、美しい若狭の海を必死で守ろうとする人たちが、どんな思いで
原発に反対し続けているのか。
反対派の方々が、地元では肩身の狭い思いをされてきたことにも驚きました。
みんなそれぞれの立場があって、自分の生活を守ろうと、信念を貫こうと、必死な
思いが伝わりました。
何も知らず、ただ快適に電気を使う生活をする自分たちが、なんて身勝手なんだろうと
痛感しました。

明通寺で観させていただいた、荘厳で平静な空間や景色。
広い海と空、海岸線の潮の香りと気持ちいい風。
そこに強烈な違和感と異様な存在感で建つ原発。

人の気持ちも、景観も、決して交わることのない対極がそこに存在しているんだなぁと
感じました。
それを動かすには、遠くで電気を使って暮らしている私たちの力が必要であり、責任でも
あるんだということを教わりました。

そこで私に何ができるんだろう、とは、いつも思い悩むことです。
今私にできることは、私は私の信念を持つこと。
大きなことではないです。自分に出来る限りの電気の節約をする、とかそんなことです。
そして勉強したことを伝えること。
私みたいに、普段ついつい自分のことばかりに精一杯になってしまい生きている人間には、まず「知るチャンス」を得ることが第一歩です。
小さな小さな動きでも、大きな力に広がっていくことを信じて。

貴重なお話をたくさん聞かせてくださった哲演さんに心から感謝いたします。
そして、この機会をつくってくれたねーちゃん、由美さん、奥野さんに感謝いたします。
本当にどうもありがとうございました。

A・K(30代・女性)

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「六ヶ所村ラプソディー」を観て,原発について知識を得ようとしていた矢先に
「社会のこと知らナイト〜知っとかなアカンで!原発のことも〜」として
勉強会があることを知り、3回あるのだから1回参加すれば何とか少しは
地球環境問題との関係も判るだろうと軽い気持ちでした。
しかし、ゲスト講師の中嶌哲演さんのお話を聴いて単純ではないぞとの
思いに駆られて結局3回参加させてもらいました。

8年位前に、関西電力の高浜原発見学会に参加しましたが
CO2を出さないクリーンなエネルギーで地球環境にやさしいと言う説明で
無知な私は納得していました。

ところがとんでもない過ちであった事を、勉強会で知り愕然としました。
ウラニウム鉱石→(劣化ウラン弾)→核燃料→(核放射線がん白血病)→
再処理工場→プルトニウム&ウラン→(核爆弾)→核廃棄物(数百万年間放出)
現在の軽水炉原発より危険度の高い核暴走事故が起こりうる高速増殖炉原発(もんじゅ)
知れば知るほど恐ろしい。

姫路火力発電所の燃料は、石炭石油よりはクリーンな天然ガスです。

関西電力の主力原発のある若狭ツアーにご一緒させてもらいました。
中嶌哲演さんの棡山明通寺へ参詣をして美浜原発ともんじゅ原発を見ることです。
再びお手数をお掛けしてしまいました、実際に行動されている地元の方の
生の声を聞く機会を設けていただき、更なる知識を得ることが出来ました。

一番印象に残った話は、何故に、いとも易々と敦賀に原発が建設されたのか、
「庶民の虐げられてる生活歴史」を知れば、残念ながら納得できると…
農漁村を犠牲にして、都市が発展してきた日本の歴史は、今なお変わらない、
無意識に、今こそ自分たちも金を持つ権利がある、原発は確かに危険かもしれない。
しかし今度は犠牲者は自分たちだけではない、都市の人間も道連れである。

では、これからの私に出来ることは、多くの人と共に更に学習をして知ったことを
少しでも声をあげて周囲に伝えて行動してゆくことだと思っています。

中嶌哲演さん本当に有難うございました、これからもよろしくお願いします。
お世話下さいました、若松の女将さんとNさんに心よりお礼申し上げます。

M・O(60代・男性)

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[知っとかなアカンで!原発の事も]参加させて頂き、お礼参りと共に、若狭の原発を訪ねるツアーに参加させて頂きました。たくさんの貴重なお話をお聞かせ頂けた事、原発初心者の私でも理解できる様、お心遣い頂けた事、本当に有難く、改めて感謝させて頂きます。参加させて頂けて良かったと、強く感じています。ありがとうございました。同時に、実際に肌で感じる事で、原発に対する恐怖心、不安感は、より現実さを増しています。
 
海岸沿い、美浜原発へ向かうため、車を走らせました。美浜という名の通り、きれいな海でした。向かいには木々が並び、海辺では並んで歩く家族、子供達や若者達がはしゃぎ、緑と青に囲まれ楽しそうでした。そのすぐ奥に現れたのは、あの大きな鉄の建物です。私は、初めて原発を目にしました。正直な感想は、まるで何かの要塞の様でした。こんなに近くで多くの人が泳いでいるのか。ここから社会、各家庭に電気が送られているのか、現代社会を支える場所、自然の中に存在し、日本を守る素晴らしい施設だ。以前の私なら、そう思っていたかも知れません。

最後のご挨拶の時、お話させて頂いた様に、私は社会人から学生に戻り、年齢の離れた同級生や友人と時間を多く持つ機会を得ました。原発について話をした時、真剣に考える友人もいれば、帰ってきた言葉の中に「だからってどうにもできひんやん。それで生きてるんやから。」「もんじゅ?お菓子?」「ちゃんと生活できてるんやからこれでいいん違う?なくならへんって。」「今の生活の方が大変や。」などの言葉もありました。これから日本社会に出て行く若者達です。
つい最近まで、私自身そうでした。原発に限らず、日本における問題自体が、自分が生活している中に関わっていない、つまり、現実と切り離された場所にある様に感じていました。原発が関わっていると感じていたのは電気だけ、どこにあるのか、どんなものなのかなんて知らない、そんな感覚です。IHは便利で良いもの、事故はあっても原子力は生活においてメリットが大きい。新聞、テレビなどで流れる原子力に関する情報において、それが現実であり、真実であろう、何の疑問も持たずに受け止めていました。

原発、今回その本当の姿、現実を教えて頂けました。予想をはるかに上回る危険性、メリットを容易に超えるデメリット、原発における現在の日本の状況などです。問題が起きた時どの様な事が起きるのか、現実の話として具体的にお伝え下さいました。お話を聞かせて頂けたのは、私よりずっと長く日本を生きてこられた先輩方、原発問題に取り組んでこられた方々です。経験してこられた、嘘ひとつない真実を丁寧にお話下さり、これが、僕が生活していた国だったのか、何も知りませんでした。知らなかった事への悔しさ、知ろうとしていなかった事への恥ずかしさと同時に、非常に大きな不安と恐怖を強く感じました。

現在の生活において、電気は必要不可欠です。「なくなれば生活が困難になる、だから原子力に対して文句は言えない。」それは間違いだと思います。第一に、電力に対しての選択肢がない事が問題であると感じます。これだけ海のある国で、風力発電がなぜ少ないんだろう、すぐに出てくる疑問のはずです。
核爆弾の脅威と危険性、海外からの脅威においての報道は日々流れていますが、それに比べ、内側からの危険性についての報道は、非常に少なく感じます。核爆弾が外部から来なくても、現在使用されているミサイルひとつで、または別の外傷ひとつで、現在の日本は被爆する。日本は自ら爆弾を背負って生活してるのと同じです。なぜ背中からおろす事ができないのか、おろしたくないのか、いじめっ子に荷物をおろさせてもらえないのか。

[唯一の被爆国である日本]私が生まれた時から常に聞く言葉です。日本を生きてこられた先輩方の経験と教えを次世代へつなげ、核の経験はなくても世代を超え、常に現在進行形にする責任が1人1人にある。この言葉を過去のものにしてはいけない、本当に思います。戦争、被爆経験がなくても、結果はもう皆が知っているはずです。

ツアー終了後、先に述べた友人や同級生と話をしました。原発に対してではなく、[核]について質問すると、「恐い。」「嫌や。」「なくなったらいいねん。」と全員が恐怖を訴えました。細かな知識や情報など以前に、それが答えであり、根本だと感じます。ではなぜ原子力について反対の様な事を言ったのか、それは核や原子力の問題を実際の生活とつなげてくれる場所がなかったからではないか、そう思います。個人が疑問を持たなければならない事はもちろんですが、2次元からではなく、3次元から訴えかけてくれる人、場所が多くあれば、意識に変化は必ず起きると思います。そう思うのは、私はその場を与えて頂ける事ができたからです。原発について話した後、「マジで!?」という反応が返ってきました。本当に小さい事かも知れません。しかし、少なくとも私でも伝える事ができると知りました。

ツアー帰り道、[人はとぶ事を学ぶ前に、歩く事を学ばなければならない。]という言葉が頭に浮かびました。それ以前に日本は歩くために、歩く方法を学ばなければならない。そのためには、1人1人が生活する日本の現実をもっと知るべきであると感じます。私自身もっともっと知らなければなりません。1人1人が問題について考える事ができれば、1人1人の責任を感じる事ができれば、先に進む事ができると感じます。考え行動を起こすためには、まず知らなければならない、そして興味を持たなければならない。新聞、テレビなどから流れる情報に受け身にならず、自ら考えなければならない、そう思います。

今回、この様な機会を得る事ができた事、それだけで終わらせません。自分自身が感じ、考えた事、今できる事を実践していきます。以前より多少なり現実を知った今の私にできる事、それは知った事を周りの人に伝える事、そして共に考える事です。過去を知り、現在を見つめ、未来をつくっていくため、今できる事、実践していきます。

中嶌哲演さんをはじめ、貴重なお話をして頂けた皆様、本当にありがとうございました。

T・S(30代・男性)

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若狭の海を 小浜から敦賀への姿の中に   

平成19年7月29日、この日はあわや日本の未来を決定するやも知れぬ、参議院議員総選挙日を横目にして、あるいはまたもう一方の日本や世界の未来を占わんとする、原子力政策の一部たりとも体感せんが為に、一路小浜に向かいました。
それにこの日は貴重なる"光の日"であるとの事を、事前にゆみさんから聞いていたので、
こころはその言葉の様に、自然なる光に包まれた様な気持ちの中をうつろいながら。
そうして出迎えていただいた、それはいつも親しくなつかしい哲演さんの、
その姿のままに、手打ちうどんの賞味の後に、原発ならずや深淵なる明通寺へと
導いていただきました。
そうして、そこには何百年もの長きの中に、人々が深く息づいていた事を、そこかしこに感ずるままに、不思議な時が流れて行きました。
そうして向かう若狭の海は、それはかつては安全でどんなにかの美しさを讃えていたのであろうか若狭の海は、そこにはまるでそんな名残さへこそ惜しむる様に、実に多くの人達が無邪気に海水浴を楽しむ姿の中に、ただ静かに若狭の原発は佇んでおりました。
それはあるいはかっての水俣に、それは自然のままに毎日食する魚の中に、どれ程までの恐ろしが潜んでいるかも知れぬるままに、そうしてやがてそれがどれ程までにも深くも
辛く肉体を蝕ばみ行く事なのか、そんなかっての姿の中へと重なり見えて行くのです。
しかし、今、そんな若狭の海の原発を目の前にしてまでも戯むるる、でもそれはすでに
そんな原発から発するであろう危険や恐ろしささえをも知りながら、それでも発する、そんな悲しきまでの戯れは、それははたして人間をやへの存在の、深きの問いかけへの狭間のままに佇ずむままの、そんな人間たちの姿なのでもありましょうか。
それはまた「竜宮城」とは必ずその若狭の海に存在すると、それ程までに太田さんが愛されし若狭の海を、それは自然を守ると言いながら、あるいは国定公園制定への調査をすると言いながら、ついにはそんなにまでの太古からの自然の海を、ついには『原発銀座』とまで言わしめる、そんな取り返しのつかなき事までしたるとは、それはいかなるまでの愚かな事を人たるは、成し得る存在としてある事なのかを示しているのでありましょうか。

そうしてそんな若狭の海と人のこころの存在と、そんなにまで切り裂いてしまった存在の、そんな只中に原発は佇ずみて、だからこそ何十年のも時にも渡り、同じ様にそんな原発の前にて佇づみて、そうしてそんな叫び行くへの裂け目の慟哭が聞こえて来るのです。
あるいはそれでもただ静かに横たう若狭の海の、あるいはまた人間たちの作為によって、そんな激しき反応さへをも強制され行く原発内の自然たちへの姿の中の慟哭さへをも聞くことなのでありましょうか。あるいはそんな影なき姿さへを感じさせていただいた、ゆみさん、太田さんや哲演さん、そうして皆様、この度は本当にありがとうございました。  
合掌 日本山妙法寺 I

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原発とシンプルライフ

7月29日、日本山妙法寺ニューヨーク道場の石橋上人様のお誘いにより、
大阪で多方面にわたり平和活動を精力的にされている「つながるいのち」の
ほりこしゆみこさんを始めそのメンバーの方々と若狭ツアーとなりました。

おりしも日本は“与党過半数割れか”のこの国の存亡を賭けた白熱した選挙戦へ突入するや否や、九州南部の大雨、大型台風4号の被害、新潟中越沖地震M6.8の大きな被害と更にこれに伴う断層直下の柏崎刈羽原発からの放射能漏れ数10万ベレル。“想定外”の名のもとに人為的ミスがどこまで報道されているのか疑問と恐怖を感じつつ。

天災、人災入り混じり、まさに末法の時代を呈して混乱の中での美浜原発訪問となりました。
迎えてくださいましたのは若狭「明通寺」の中嶌哲演ご住職。蝉時雨の降る明通寺の「国宝建造物」本堂、三重塔と「重要文化財」の四体の御仏像のご説明を聞きながら、1200年の苔むす先人達に導かれているような不思議な感覚を覚えました。“あぁ、ここが日本の原点”そんな清清しさと安らぎを感じつつ、一転、地元の方々との交流会では国と関電との戦いの歴史を知りました。また、賛成と反対のそれぞれの立場を知ることが平和運動に関わる上で、あるいは原発の危険を訴えていく運動の中で大切なことであるように思いました。

PRセンターを見学し、ビデオによる物々しい作業の様子や原子炉の縮小模型に
安心どころか恐怖を感じてしまったというのが正直なところです。
しかし、私達はただ“原発NO”と言えば良いのか。
その危険を訴えると共に私達電力消費者はこの過剰物質社会の中でいかにシンプルに生きるか、そのことが問われていると思います。

ここ数年自分の身心の余分なものを削ぎ落としたいと勤めてきました。物質社会と情報過剰が精神と肉体を病気にすることを身をもって体験しました。日本はこのままどこに向かおうとしているのでしょうか。冬は寒いもの、夏は暑いもの、冷房暖房を極力使わない昔の生活が案外健康によいことを実感しています。

大阪のみなさん、中嶌先生、若狭のみなさん、これを機会に名古屋の反原発の集会を覗いてみたいと思います。
たいへん貴重な体験をさせていただきまして、ありがとうございました。

本当に心から感じたことは言葉にしたら嘘になるようでなかなか書けず、そのジレンマでレポートが遅くなりました。   合掌

I・N(50代・女性)
※I・Nさんは、名古屋より若狭ツアーのみ参加されました。

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この度の若狭訪問を終えて、「百聞は一見にしかず」を実感

昨年の六ヶ所村ラプソディーの映画がご縁となり、今年3月からの知らナイトに参加させていただき、色々なことを学ぶことができました。
また、会合を通じて色々なお人との出会いやつながりも持てることができまして大変感謝いたしております。
そしてその締めくくりが今回の若狭日帰り訪問でありました。行く前は明通寺と講師の
中嶌様にお礼参りをし、その後原発をちょっと見学して夕方遅くても7時頃には大阪に
戻ってくるのではと心の中で勝手な予定をしておりました。
しかし行ってびっくりとはこのことでありました。
中嶌様はじめ一緒にがんばっておられる皆様方の時間を忘れさせる熱い想いと熱心さには心から感動した次第であります。
本当に内容のある若狭訪問であったと心から感謝し、小浜の中嶌様はじめその他の皆様に厚くお礼申し上げます。

今回の若狭訪問で、「何度聞くよりも一度現場を見る方がよく理解できる」ということを肌で実感いたしましたし、物事は目に見える表面だけで判断するのは非常に危険であり、「真実は目に見えないところにある−木でいうと目に見えない根っこの部分を見る」ということが非情に大事であるということを再認識した次第であります。

平和の原点は「お一人お一人の命を大事にすることである」という私の人生哲学に基づきこれからも生きてまいりたい。また理不尽なことは黙っているのではなく、声を出して言い続けてまいりたいと存じております。
今回の若狭訪問でそのことが実感できたことに心からお礼申し上げますと共に今回の貴重な体験で得たことをまずは家族からはじめて、少しずつその輪を広げて行きたいと心に誓った次第であります。

現地の中嶌様はじめその他色々とお話やご案内をいただいた皆様、あるいは遠いアメリカから参加された人、名古屋からも参加された人の熱意に心をうたれ、またずうっとお世話いただきました若松のお母様やN様、一緒に参加された皆様に心からお礼を申し上げたいと存じます。
本当にすばらしい感動の旅でございました。ありがとうございました。

M・S(60代・男性)

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明通寺と美浜原発・もんじゅ・敦賀を訪ねて

7/29、私は初めて近くで原子力発電所を見ました。
まず、とてもびっくりしたのが、施設のまん前まで海水浴場があり、若者のグループや
家族連れが、とても楽しそうに海水浴をしていました。
きれいな海岸線、松林、海の家・・・。日本の海水浴場の普通の風景でした。
でも、目の前には、物々しい建物、要塞のような基地のような・・・。
そんなふうに見えてしまったのかもしれませんが、私も何も知らなかったら平気で
海水浴を楽しんでいたと思います。原発も何かの工場かな?と思うか、目にも入らなかったと思います。
少しでも知ってから行くと、怖くて、気持ち悪くなりました。
原発の手前にPR館があり、なんとかパビリオンのようなお姉さんがいて、きれいな建物でした。
学生時代に社会見学で色んな施設に行ったと思うのですが、こんなに一生懸命にこのような施設をまわったのは、昨年1人で訪れた広島の原爆資料館とここだけです。
そこでは、原子力発電所の仕組みを模型にしたのがあり、哲演さんが説明して下さいました。
火力発電とほぼ同じ仕組みで発電しているけど、燃料が違うとのことでした。
その肝心な燃料がウラン・プルトニウム。
その危険性や、処分の仕方がまだ誰も知らないことをひとつも出していませんでした。
やたらと安全・安心、クリーンで夢のエネルギー☆って感じでした。
このあと、もんじゅを近くから見ました。
もんじゅは、美浜原発とはまた違う、なんとも言えない怖い雰囲気をかもし出していました。
更に物々しく、さらに要塞のようでした。
こちらも目の前が海水浴場になっていました。
その砂浜で、もんじゅのまん前で、改めてもんじゅの恐ろしさをお聞きしました。
プルトニウムの混合燃料を使うので、ウランよりも暴走しやすく、しかも何百分の1秒というどんだけ早いのか分からないくらいの早さで暴走します。
ちょっと間違えれば、とんでもないことになるのです。
そんな施設を、なぜ、もう一度動かそうとするのか?
誰が何のために動かそうとしているのか、教えてほしいです。
本当に正気の人間がしようとしていることとは思えません。

明通寺とオオタ様宅にて地元の方々のお話を聞くこともできました。
元教員だった方は、反対とか賛成とか言わずに、原発がどんなものかを説明した資料を配ったら「やめろ」と圧力があらゆる方向からかかったり、転勤させられたりしたそうです。
ある方は、父親が原発労働者の赤ちゃんは、奇形が多いけど、闇から闇に葬られている、と話されました。ガン発病率が高いのも、原発労働が原因なのに、因果関係がはっきりしにくいので中々認められないそうです。
また、はっきりしたことは言えないけれど、チェルノブイリ事故の後から、福井での出生率ががくっと減っているようです。就職などで一度福井を出ても、男性は帰ってくるけれど、女性は、帰ってくる人が少ないようです。本能的にここでは子どもは産めない・・と感じているのかもしれません。とのお話しもありました。
40年以上前から反対運動をしてはる女性の方からは、聞いたことのない部分のお話しを伺いました。
敦賀市は、いわゆる都市部と半島の先の方の過疎の地域と両方あり、その関係は、江戸時代から変わっていないそうです。昔は年貢とかを必死で納めないと生きていけなかった。今は原発を認めないと生きていけない。道路や橋・・・。お決まりのやり方で逃げ道や住民同士の結束を壊したり、大金をちらつかせたりする。
同じ敦賀市民でも住んでいる地域によって簡単に賛成・反対が言えない。
このように、まずは仲間割れをさせ、中で揉めさせ、支配する。という図式が今でも世界中で使われていると哲演さんや同行のお上人の方々がおっしゃっていました。
イラクもアフガンもアメリカも日本も・・・。

3回に渡り、大阪のど真ん中で、哲演さんやオブザーバーの方々からいろんなお話をお聞きし、そうだったのか・・・と知ったつもりになっていましたが、現地で原発を見、生の声でお話しを聞くというのは、また別のものを感じ、更に心に衝撃を受けました。

海の水で薄まるから安心。とか、人体に影響のない程度の微量なので安全。とか
やたらに言うのは、危険だからだ。

安全なら、何の問題もないなら、原子力発電所や放射性廃棄物の貯蔵施設とか、再処理工場とかなぜ東京や大阪に作らないんだろう?
なぜ半島の端っこ(福井)や日本の端っこ(青森)に作るん?
なんかあったときに、犠牲者を最小限にするため?ってことは、なんかあること、前提?

たくさんの矛盾や焦りやどうしたらいいんや!という思いや、いろんなもんが出てきました。
都市部に住んでいる私たちこそが、もっと恐怖感や罪悪感や関心や実感・・・。
持つべきだと思いました。

『知る』ことからはじめよう・・と始まった勉強会ですが、少しは知りました。
これからは、もっと『知る』ことと、今から自分にできることをやるしかない!
と思い始めました。
本当に素晴らしい一日を過ごせたことは、すごく貴重だし、すごく幸せ者だと思います。
また、新潟の柏崎刈羽原発の事故の後というタイミングも何かを教えてもらっていると
思わずにはいられません。事故前から日程は決まっていたのですから・・。

最後になりましたが、お忙しい中1日同行して下さり、様々な手配をして下さった
哲演さん、ツアー参加者の皆さん、勉強会参加の皆さん、若松のおかん、
本当にありがとうございました!
これからも宜しくお願いいたします。

H.N(30代・女性)

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若狭への御礼参りを果たせました!!

「圧巻」の一言に尽きるほど、稀に見る、濃密な1日でした。
私たち(当日、体調不良の為、女性2名と幼児1名がキャンセルとなり、総勢9名が車2台で参上)が若狭の原発「現地」に滞在したのは、たったの8時間でしたが、その時間はまるで大絵巻を体現するかのような時空だったように思えます。
全スケジュールを手配下さった哲演さんが全行程お付き合い下さり、ことごとくご配慮
頂いたおかげです。
当日朝、出発直前に届いた「道中の時間が遅れそうなら高浜原発には寄らずに明通寺へ」という哲演さんからのアドバイスFAXに従い、心斎橋から明通寺へ直行。
門前の美味しいお蕎麦屋さんで哲演さんが迎えて下さり、少し早目の昼食のあと、境内を満喫し、地元、小浜の方々との交流会。その後、美浜〜もんじゅ〜敦賀へと移動しました。
小浜の松本さんが急遽敦賀までご一緒下さり、いきおい車3台のツアーになりました。
美浜の原子力PRセンターでは、全員が各コーナーにクギ付けとなり、次の予定がなければおそらく何時間も座りこんでいたことでしょう。哲演さんに促されて、やっと次のコーナーへ動くほど熱心に見入ってしまいました。見るほどにおなかの調子が狂うのですが・・・。
PRセンターの職員さんと哲演さん、松本さんは互いに知己のようで、その穏やかな雰囲気のおかげで、ずい分肩の力がぬけ、このような長年つちかわれた微笑みの対話力を
身につけたいものだと、つくづく思いました。
車中や各所で哲演さんと松本さんが要点をガイドして下さるという贅沢さ。
もんじゅが目の前にそびえる白木浜での哲演さんのスピーチは、実に分かりやすく、
魂の奥深くに浸み渡りました。「もんじゅ」という存在の総ざらいでもあり、
この国に生きる人間としての究極の選択、その自問が一層明確になりました。
何しろ現場を見ながらですから・・・。
私たちが凍てつく周辺では、たくさんの海水浴を楽しむ人々がいました。
ツアーラストは、敦賀の太田和子さんのお宅での交流会。
今も週3回街頭に立たれてアピールなさっておられます。
80歳近い方だと聞いていましたが、余りにもお若く、そのパワーと迫力のすごさ、
キリっとした美しさに圧倒されっぱなしでした。
すっかり日も暮れ、尽きぬ話題を切り上げ、太田さん宅前で哲演さん、松本さんとお別れし、東京と名古屋に帰られる方々を米原駅で見送り、深夜、心斎橋へ戻りました。深刻かつ超難題の数々を見聞きするも、各人の顔には満ち足りた一日が表れていたのがとても印象に残っています。

小浜〜敦賀の行程でうかがった長年に渡るお話しの数々は、すさまじく、実に重たいものでした。
「表に出ない実情」ほど真実を物語っているものはありません。
地元での今なお続く差別がおとしこめる現実、はたまた老若男女を問わずガン死の極度の多発。(死因という医者が判別する病名はいろいろあるも、お葬式の主人公である人々の90%がガン死であるということ)などなど・・・。
知らされていない、知りようがないという理由では片付きません。
知る努力を怠っている人間が多すぎます。
そして、知らないで犯す罪の何と深いことかを思い知る一日でもありました。
この温度差をどうすれば埋めることができるのでしょうか?


「東京に原発を!大阪に中間貯蔵施設を!」をサブテーマに始めた春からの若狭勉強会でした。
私は、これまで幾度も若狭を訪ねていますが、全3回の勉強会を終え、はたまた柏崎刈羽原発の事故直後とあって、今回の訪問は格別に効きました。
大都市の意識が変わらない限り、もはやこの国は未来への希望は見出せないでしょう。
大都会=原発「源地」の意識とリアリティがことごとく問われています。
13年も止まったまんまのもんじゅは、来年春、再稼動の予定。
100歩譲ってみても、正気の沙汰とは思えないことです。
複雑なうず巻状の構造にピンホールでもあったなら・・・。
想像するだけで身震いします。
白木浜での哲演さんの声が今も途切れなく私の耳の奥で木霊しています。
「・・・・・覚悟があるのなら・・・・・」
すでに達観の域におられる哲演さんの重みある言葉はズシンと響き続けています。
原発の「安全神話」は崩れるも「必要神話」が今なお、まことしやかに根強くある現実の中、私は大阪の大都会のアメリカ村という、まさに「原発源地」のどまん中に生きながら、せめて若狭を身近に感じ続けられる人間でありたい・・・。

今回の若狭への御礼参りは、春からの勉強会のケジメでしたが、3月に始まったこの旅路、返す返すもったいなくも贅沢な旅でした。
同時に我が身の生ぬるさもあらためて痛感する、ありがたい旅路となりました。
この想いをさらにつなげ、深めていきたいと切に思います。
勉強会に参加下さった方々、御礼参りにご同行下さった方々、哲演さん、オブザーバーの方々、若狭地元の方々、そして何年にも渡り一緒に考え続けてくれた奥野さん、そして丸投げしたお世話を引き受けてくれたねーちゃん、皆さま方に改めて心から御礼申し上げます。
                               合掌 おかん 拝






カテゴリ:- | 14:43 | comments(11) | -
風の谷のナウシカ
もう20年くらい前の映画。
観た事ないって人は、まずいないんちゃうんやろか。

この映画をつい最近観た。

ジブリ作品が好きなんで、定期的にジブリもんを借りて
観ている。
必ず他の作品の予告編(CM?)が入っている。

公開したころ、多分小学生(中学生かも)やった。
多分観てるはず。予告編を何回もみて、めっちゃ知ってる
気になっていただけやった。

こないだ改めて観て、鳥肌がたった。

映画に感動はもちろん、
近い未来の世界を教えてくれてるんちゃうの?
と想った。

“火の7日間”の大戦争の約1000年後の話。
わずかに生き残った人間が自然と闘いながら生きている。
マスクをしないと3分で肺が腐る空気。
毒を吐く植物。でっかい昆虫。

地上では毒を吐いている植物が、地下深くで、
汚染された土と水を浄化してくれている。
その森を守っているのがオーム。

そんな中でも暴力で支配しようとする人間。

主人公のナウシカは、殺し合わず、
人も自然もオームも共に生きようとする。
その愛と勇気にみんなから信頼され、愛されている。
人を自然をオームを信じている。


新潟の地震で、報道以上の放射性物質が空気に
海に流れているみたい。

あの規模の地震であの程度の被害ですんだことさえ
奇跡。

私は特別に信仰している宗教はないけれど、
神様からの最後通告じゃないん?
と思う。

新潟はもちろん、静岡の浜岡原発、福井の15基もの原発群。

次に大きな地震がきたら、“火の7日間”どころか、
何万年も何も誰も住めない星になってしまうんちゃうん?

原発がある地域だけの、
日本だけの恐怖、不安ではなく、
世界を巻き込むとんでもないことになるんちゃうん?

もしも戦争になったら一番に狙われるのは原発。
狭い国に55基もあったら、狙いやすそう。
地震なら緊急停止装置が働いて、もしかしたら
小さい被害ですむかもしれへんけど、
前ぶれなく、一発打ち込まれたら、大爆発、
原爆何個分の死の灰が降るか、想像もつかない。

だったらどうすんねん?
生活かかってる人もおるねん!
しゃーなしに誘致に賛成した人もあるねん!
わしらの生活、保障してくれるんか?
といわれても、どうすることもできない。

でも、都市部に住んでいる私たちが
もっと恐怖感や罪悪感や関心や実感・・・
持つべきやと思う。

需要が減ると供給も減るんちゃうんかな?


知らナイト☆若松版のお礼参り&しめくくりで
こないだ、福井の美浜原発ともんじゅを近くで見てきた。
以前は原発構内にも予約をすれば入れたようやけど、
テロやなんやで厳しくなっているとのこと。
入れてもバスで構内一周程度とのこと。
しかも、申し込み時に身元を詳しく知らせないといけない。
調べられるんでしょう。

どちらも美しいリアス式海岸、砂浜の海水浴場になっている。
きれいな風景、松林、日本の海岸線の普通の風景。
目の前に物々しい要塞?基地?みたいな建物がある。
私も全く何も知らなかったら、普通の工場として
目に入り、(目にも入らなかったかもしれない。)普通に
海に入っていたと思う。

少しでも知ってしまった今、怖くて、気持ち悪くなった。
もし、子どもがいたなら、絶対に入らせないくらい近いのだ。

海の水で薄まるから安心。
とか
人体に影響のない程度の微量なので安全。
とか
やたらに言うのは、危険やからや。

安全なら、何の問題もないなら、
原子力発電所や放射性廃棄物の貯蔵施設とか
再処理工場とか
なぜ東京や大阪に作らないんやろ?
半島の端っこ(福井)や日本の端っこ(青森)に作るん?
なんかあったときに、犠牲者を最小限にするため?
ってことは、なんかあること、前提?

『大阪に中間貯蔵施設を!』
って、かなりホンキで言ってはる人がいる。

京阪神に住んでいる皆さんは、賛成?反対?

賛成したら、お金がもらえるし、電気代が下がるかも
しれへん。
反対したら、また、どこかの端っこに作られてしまうかも
しれん。
東南アジアに押し付けるかもしれん。
宇宙に送るかもしれん。

いつまで、知らんふりできますか?
カテゴリ:- | 01:28 | comments(0) | -
若松版『知っとかなアカンで!原発のことも。』終了
3月から3回シリーズでの社会のこと知らナイト☆
若松版がきのう終了しました。

参加してくださった皆さん、ゲストの哲演さん、
オブザーバーの皆さん、若松のおかーさま
ありがとうございました!!

最終回の昨日は、参加者、オブザーバーの方を含めると
20人を越えました!

前回に続いて、ほぼ女性・・・。
推定平均30〜40代くらいでしょうか・・・。
男性は3名・・・。
推定平均50〜60代と思われます・・・。

う〜ん・・・。

欲を言えば、男性の参加者がもうすこしいて下さったらな〜。
なんて思います。

チェルノブイリの大事故が起きた、21年前、
日本でも反原発の大きな運動があったそうです。

当時、私は、中学生。
テレビでチェルノブイリのスゴイ映像を見ても、
「うっわ〜。えらいこっちゃー!」
と思うくらいで、
まさに「対岸の火事」
自分には関係ないし、興味もなかった。

当時、おかーさまや哲演さんや関組長は
そういう運動に参加されていたそうです。

今の反原発、反六ヶ所村の流れとは少し違い、
若いお母さんたちが中心になってシンプルに

「いのちが大事!原発いらん!」

が合言葉だったようです。

原発の構造がどうとか、ウランやプルトニウムが
どんだけ猛毒かとか、そんなことを説明するより
もっと本能的な動物的な感情だったみたい。

やっぱり女性のほうが本能的にいのちが大事!っていう
想いが大きいのかもしれない。
こういうとこも女性が多いことにつながるのでしょうか・・。

科学者達のロマンからはじまった核の研究、利用も
いまや金、かね、カネ・・・。

後始末の仕方を分からないモノに手を出してしまった。

天のコトワリと地のコトワリ。

天のコトワリは、神様の領域。
地のコトワリは、目に見える領域。


オブザーバーのお1人、漢方内科医の山崎先生が
ベラールーシへ行ったときの映像を見せて下さいました。
なんとなくのんびりした風景。
きれいな花が咲いていたり、森の緑、鳥の声が聞こえたり。
放射能があって、立ち入り禁止区域とは思えないような
きれいなところでした。
チェルノブイリから200キロ以上離れた地域。
事故後20年経って、当時の子ども達が出産の年代になり
甲状腺ガンの手術を受けたお母さんが出産すると
赤ちゃんもガンになってしまう。

放射能汚染で危険やから、強制移住させられた人たちは
危険と知りながら戻って生活している。

事故の時に、直接ヒバクというか、目に見える被害は
もちろんのこと、何百キロも離れたところで、
強制移住で消えた村が500以上あるとのこと。

肉体的な苦痛もだけど、そういう精神的な苦痛もある。

いくら危険やといわれても、目に見えないし、
においもないし、なんで?と思うし、帰りたいと思うやろう。



もう1人のオブザーバーの関組長は、
原発を止める4つの方法を教えて下さいました。

1、建つ前に止める。
2、株主総会で止める。
3、裁判で止める。
4、国会で止める。

1・・いらん!って言う。実際に、いらん!って言ったところに新しく建っていない。

2・・電力会社の株主になる。1人が少ししか持っていなくても、あくさん集まったり、大株主を仲間に誘ったりしたらおお株主になれる。株を多く持っているほうが発言権も大きくなる。

3・・今もいくつか戦い中。

4・・国会議員に言う。国会なんか行かれへん!と思っても自分の選挙区の議員にメールやFAXで言うてみる。聞いてみる。自分らの代表やねんから、その方が当たり前かも。


絶望的な大きな問題かもしれへんけど、いらんもんはいらんねん。
開けてはいけない箱を開けてしまったけど、せめて今、
止めナイト☆




お釈迦様のことば。

一切の生きとし生けるものは幸福であれ、安泰であれ、
安楽であれ。
いかなる生物生類であっても、怯えているものでも
強剛なものでも悉く、長いものでも、大なるものでも、
中位のものでも、短いものでも、微細または粗大なものでも、
目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに或いは
近くに住むものでも、すでに生まれたものでも、
これから生まれようと欲するものでも、
一切の生きとし、生けるものは幸福であれ。


3回を通してのゲストで来ていただいた、
福井県、小浜、明通寺ご住職、中嶌哲演さんは、この言葉を
現代社会に生きる私たちへのブッダからのメッセージ。
お釈迦様は、2500年も前のブッダ(悟ったもの、目覚めたもの)だけれども、その言葉は、現在の核文明の危機を鋭く照らし出すとともに、今後の“核なき社会”のヴィジョンを明確に示しているように思えてならない。
と、お話しされました。



おいしいものはおいしい。
きれいなものはきれい。
楽しいもんは楽しい。
いらんもんはいらん!

答えはシンプルかもしれません。

自分の本能を見てみる、野性的に生きてみる。

それが全てかも・・・です(*^^*)
カテゴリ:レポート | 22:06 | comments(0) | -
来週に迫ってきました
3/11(日)から始まる、3回シリーズの知らナイト☆

先日の新聞やニュースで目にされている方も多いと思いますが、
福井県美浜町の美浜原発事故(2004年8月)で関電の社員らが書類送検
されました。
原発で事故が起きると、本当の情報が出てくるのは、何年も後です。
「事故」といわれていますが、「人災」ではないの?
なぜ、こんなズサンな管理がまかり通っているの?
11人もの人が死傷しているのに、なぜ運転を止めないの?
狭い日本になぜ55基もの原発があるの?
本当に電気は足りないの?
原子力は夢のエネルギーって本当?
原子力発電所って、ひとつも筋が通ってないのでは?
たくさんの“?”がでてきます。

その“?”は、原発だけでなく、世の中の仕組みや、日本や世界の
仕組みにもつながっている・・?

環境破壊、地球温暖化、戦争、ワーキングプア、格差社会・・・。
ぜーんぶ、根っこは同じ?

ありとあらゆる「ホンマモン」と「ウソモン」が見えてくるかもしれません。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

知っとかなアカンで! 原発のことも。見る
「社会のこと知らナイト☆〜若松版〜」

いま、地球温暖化、環境破壊、戦争、核のことなどが、世界の問題になっています。政治とカネのこと、〈産む機械発言〉とか、
なんかよう分からんうちに誰かの都合のいいように法律が変えられようとしているかもしれない。
全く関係のない別の問題のようだけど、元をたどっていけば全てはつながっているみたい・・・。

「福井県・若狭」という場所は、15基もの原発があるため、「原発銀座」と
いわれています。
関西圏の電気の約半分は、ここの原子力発電所で作られています。
若狭を知ることで、日本や世界の世の中の仕組み、ホントウのこと、
マヤカシの情報や教育・・・。
ありとあらゆる問題が絡み合って、自然が破壊され、人の心も壊れていっていることが
わかります。
若狭は、そういうことが分かりやすく見えるのでこの場所に焦点を絞りました。

このことに気付いても、私たちが、あまりにも知らないことが多すぎました。
まずは「知る」ことからと、同じように思う人、知ってみようかなと思う人たちと
一緒に学べればいいなと、若松のおかんや諸先輩方のお力をお借りし、
この会を開催することになりました。
哲演ご住職の人生を語っていただくことで、より感じ、より何かが見えてくると
思います。

自分がここにいる奇跡。自分が地球や宇宙と別モノじゃないってこと。
人とは何か。命とは何か。
そんなことを考えるきっかけにもなる絶好のお話し交流会だと思います。
まずは「知る」ことから。一緒にはじめませんか?

ゲスト・・・中嶌 哲演さん (小浜の国宝のある明通寺の住職。長年若狭の原発問題に携わる。)
日程・・・・・第1回 3月11日(日)・ 第2回 4月22日(日)
       第3回 5月20日(日) 
※参加者の皆さんと夏くらいに明通寺と若狭の原発に行きたいな〜と思っています。

場所・・・・・「若松」(天ぷら・レストランバー)  2階お座敷にて
    大阪市中央区西心斎橋1-10-6 ホテル日航大阪ウラ FAX06-6252-8180
時間・・・・・15時〜 (軽食後、有志でディスカッション)
(哲演さんは、当日は若松に宿泊されます。終電に間に合う時間までは交流会に
お付き合い下さる予定です。)
参加費・・・3回→¥5000  1回→¥2000  (お茶、お菓子、軽食込み)

各回、様々な先輩方がオブザーバー・アドバイザーで来て頂く予定です。

お問合せ・ご予約・・・このブログ、または下記まで
中間博美 090-6051-3008 hiron.1118.moon_maro@k.vodafone.ne.jp
※定員(約20名)がありますので、なるべくご予約おねがいします。
カテゴリ:お知らせ | 11:52 | comments(0) | -
11/25のゲスト!
今日、次回の『社会のこと知らナイト☆』のゲストの方に
お会いした。

小学校の先生をしてはる、27歳の男性。
同和地区出身。部落解放同盟所属。

こう文字で書いてしまうと、
なんや、ものものしい雰囲気やけど、

このお兄さん、めっちゃおもしろい!!

落語家??と思うほど話し方がおもしろく、分かりやすい!

さすが小学校の先生。

「なぜ部落ができたか」とか「どういうふうに変わったか」を
聞きたいのですが・・・と企画書みたいなものを見せると

「こんなん分からへん」
「いろんな説があって、全部ホンマで全部ウソやん!」

もっとお話しを(学校話の方がおもろいかも・・密かに次回のテーマの候補・・)聞いていたかった(^^)

今日も(テーマは違うけど)『知らナイト☆』番外編やった。
マユミンと爆笑の打ち合わせでした♪


ってことで、ちょっとカタイ、ムズカシイ、テーマかも・・
って思ってたそこのあなた!!

ぷらっとお越し下さい♪
絶対お得です(*^^*)


***おさらい***

『社会のこと知らナイト☆』VOL.4
〜同和問題とは・・・?〜

日時・・11月25日(土)
場所・・ネバーランド(南海本線・堺駅より徒歩15分、湊駅より12,3分)
時間・・18:30スタート
会費・・¥500(お茶、おかし付)
◎床(板の間)に座っての交流会なので、楽な服装でお越し下さい。(ミニスカート、ストレッチじゃないジーパンはしんどいと思われます!)

お話し交流会終了後、懇親会(別途実費)も予定してます♪

ホンマにたくさんの人に会って、話してほしい
ステキ☆な方です♪
カテゴリ:- | 22:58 | comments(0) | -
次回のテーマは
被差別部落出身の方です。

私たちがあまりにも無知なテーマなので、スタッフは猛勉強しています。
「寝た子を起こすな」
でしょうか

知るべきなのでしょうか

みなさまはどう想いますか…?


■11/25(土)6:30から

カテゴリ:- | 01:59 | comments(1) | -
ジャワ島報告
SVA(シャンティ国際ボランティア会)のサイトにも
ジャワ島チャリティイベントの報告を掲載していただいております。

緊急救援 インドネシア・ジャワ島中部地震 チャリティライブイベント
カテゴリ:レポート | 21:12 | comments(0) | -
■□(社)シャンティ国際ボランティア会 ジャワ島中部地震支援事業□■
■□(社)シャンティ国際ボランティア会 ジャワ島中部地震支援事業□■

◎あたたかいご支援を頂きありがとうございました。

緊急救援担当2006年5月27日現地時間午前5時54分、
インドネシア・ジャワ島中部でマグニチュード6.3の
地震が発生しました。
この地震による犠牲者は約6,000名にのぼり、
約30万人が住む場所を奪われました。

ジャワ1

当会では地震発生から1週間後に現地入りし、初動調査を
実施しました。
今回最も被害が大きかった地域の一つであるバントゥル県
パンドン郡パンジャンラジョ村のグレンブ地区では154戸の
家屋全てが倒壊しました。
私たちがこの地区を訪れた時、多くの住民が田畑の隣の
農道にテントを張り生活を再開していました。
余震が続く中、「建物があると安心して寝れないから、
こうやって建物のないところにテントを張っているんだよ。」
と幼子を抱えた若いお母さんが話してくれました。

ジャワ2
【住民の手によって建てられた小学校の仮設校舎】

地震発生から1ヶ月が経過し、被災地では少しずつ暮らしが
再開され、人々の顔にもやっと自然な笑顔が戻るようになり、
以前のようにあいさつ代わりにジョークが飛び交うようにも
なりました。
倒壊した家屋の片付けも、相互扶助システム“ゴトンロヨン”を
最大限に利用して地域の人たち皆が助け合いながら行っています。
学校の修復、モスクの片付けなども、みんなで取り組みます。
このように、住民組織が根付いている地域で活動を行う際は一段と
住民の方々の理解と協力がなければ良い活動はできません。

ジャワ3
【SVAの支援を受けて建てられた仮設住宅】

SVAでは現地のNGOと協働し、緊急物資配布以降、被災住民に
対して医療サービスの提供、仮設住宅支援、トイレ設置支援
を実施すると共に、これまで海外で行ってきた教育支援の
経験を活かした子どもたちへの支援を実施しています。
どの活動でも村長、区長、宗教リーダーを始め、母親会、
父親会、青年会など、住民の方たちとどのようにしたら
より良い村を作ることができるのか話し合いを重ねながら、
活動内容を決定しています。
例えば仮設住宅の支援を実施する場合、単に仮設住宅を
建設するのではなく、住民が今何を必要としているのか
じっくり話し合いを行いこちらが何を提供するのかを
決めます。
ある地域ではどの家庭でも倒壊した家屋の一部
(木材、窓、ドアなど)がまだ使用できるということに
住民自身が気付き、元の家の一部を使用して仮設住宅を
造りたいとの声が上がりました。
しかし、屋根になる材料がありません。
そこで、屋根の素材は私たちが提供することに決めました。
また、住民が協力して全世帯の骨組みを建てるまでは
屋根の素材は配布しないでほしいとの住民の意見を受け、
全世帯の骨組みが完成した時点で屋根の素材を提供しました。
このような方法を取ることによって、仮設住宅とはいえ
自分の家だというオーナーシップ(所有意識)が養われ、
住民が安心して家の中でも休むことができています。

○●子どもたちへの支援●○
地震発生後、子どもたちは行き場を失い、遊び場も失って
しまいました。また、仲良しグループの1人を地震によって
亡くした子どもは、精神的ショックから、無気力になり
ふさぎ込んでしまいました。

ジャワ4
【緊急テントの骨組みの下で遊ぶ子どもたち】

私たちはこれまで海外の緊急救援事業においても、
1冊の絵本の大きなチカラを信じ、子どもたちに焦点を
あてた活動を行ってきました。
昨年発生したパキスタン北東部地震では、被害を受けた
裸足の子どもたちが目を輝かせながら絵本を読む姿を
目の当たりにし、改めて子どもたちへの活動の必要性を感じました。

ジャワ5
【綱引きをして遊ぶ子どもたち】

 そこで、今回の地震の被災地でも[誰もが好きなときに、
好きなだけ集える場所]作りを進めています。この「子どもの
遊び場」は人々に馴染みのある竹や木材を使用します。
設置が終了した後は、毎日開放され子どもたちが自由に
お絵かきをしたり、スポーツを楽しんだり、絵本を読むことが
できます。夜は青年会や母親が定例会を行う場としても
活用していきます。この他にも、地震によって大きな被害を
受け、経済的に苦しい生活を余儀なくされている子どもたちに
対して、新学期が始まった7月19日に幼稚園児、小学生への
学用品の配布を実施しました。子どもたちが少しでも良い環境
の中勉強に励むことができることを祈って、
一人一人に学用品キットを渡しました。

ジャワ6
【学用品を受け取った小学生】

 みなさまから頂いた暖かいお気持ちはこのように現地で
使わせて頂いています。当会では引き続き住民に寄り添い
ながら、現地での活動に励んで参りたいと思います。

+++++
◆本件に関するお問い合わせ◆
緊急救援担当 鈴木晶子、関
(社)シャンティ国際ボランティア会(SVA)
〒160-0015 東京都新宿区大京町31慈母会館3F
TEL:03-5360-1233 FAX:03-5360-1220
URL:http://www.sva.or.jp/ E-mail:eru@sva.or.jp
カテゴリ:レポート | 21:08 | comments(0) | -
『社会のこと知らナイト☆』Vol・3 日程変更のお知らせ
8/19(土)にします!!って書いたのですが、
お盆に近い!ってことに気づいて、
1週後の日 8/26(土) に変更になりました!!


日時 8月26日 土曜日
場所 堺市大浜 『ネバーランド』
OPEN 18:00  STRAT 18:30


ゲスト・・・関組長

なぜか遠い存在に感じてしまう『国会』。
でも、税金の使い道を決めていたり、
この国の進む方向(?)を決めてたりする、
本当は一番身近に感じないといけないのでは??

関組長は、『ロビィスト』という活動をされています。

関組長
 ↓
http://sekigumi.ti-da.net/ 関組長の東京・永田町
ロビー活動日記blog版

原子力発電、アフガニスタン、イラク、教育基本法、在日米軍再編、
共謀罪、医療制度改悪法案にどのように国会で取り組んできたか?
そしてこれからの課題は?わたしたちにできることは?

毎日のニュースや新聞の上では、よく目にする言葉やけど、
ホンマのところは、どうなってんのやろ?

分かりやすく、おもしろく話してくださいます!!
カテゴリ:- | 20:59 | comments(1) | -
寄付金振り込みました。
遅くなってしまいましたが、振り込みました。

そんで、あわててやったので若干金額間違えちゃった…たらーっ

差額は、フェアトレードの売上が未だ継続中なのでそれでやってみて無理だったら、個人的に調整します。





カテゴリ:- | 01:16 | comments(0) | -
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